1)T r a v elとR i n z l e rは狭心症や急性心筋梗塞の患者9名に対して、胸部の痛みを誘発
する部位の真上にあたる皮膚にプロカイン局麻剤を浸潤させたり、エチルクロライド
で表面を冷却させると、多くの場合痛みが長時間にわたって完全消失することを見い
だした。
2)一方、Pastinszkyらは、ネコの左側胸部皮膚に刺激性溶液を4週間塗布し続けることで、皮膚や皮下組織に紅斑や浮腫を生ぜしめ、潰瘍も生ぜしめるに至ったが、これにより大部分のネコでは陰性T波、房室ブロック、徐脈、不整脈、脚ブロックなどの心電図変化が生じた。心筋の毛細血管は拡張し、心筋の幾本かの繊維には微小壊死がみられたことを報告している。
3)大胸筋トリガーポイント活性は、体性-内臓反射による心機能障害を引き起こす。
上室性頻拍の原因は胸骨と乳頭線の中央にある右第5第6肋間の左大胸筋のTPは心疾患患者の6 1%にみられる(トラベルとサイモンズ)。部位は、歩廊穴に相当。
4.左C6~C7棘突起の傍点からの深刺
心疾患→二次的に生じた体壁の筋のコリ痛み、という状況下で、体壁の筋のコリ痛みを緩める
針灸のみで心疾患は改善するとは思えないが、一定の効果はあるようだ。
治療点は、患者ごとに異なり、左前胸部や上~中背部の撮痛点を探索することになるが、左C6~C7棘突起の傍点を刺激する機会が最も多いと思う。これは「後頚部第6~7棘突起の外側で椎骨すれすれに直刺4㎝以上が最良」だとする見解と一致している。
撮痛があれば、左Th1~Th3の高さの起立筋部、左乳根穴、左天池穴あたりに治療点を求めることもある。刺針すると、数分後から左胸部の苦しい感じがとれてくることが多い。
5.その他の鍼灸治療
1)内関手技針
中国では、内関穴に手技針を行うことは広く行われている。実際に内関穴に中国鍼の30号で手技針をすると、非常に強い響きになる。生きるか死ぬかという緊急時には試みられていいだろうが、わが国の針灸の環境下では、こうしたケースは針灸の守備範囲外となってしまう。
理論的には、T1交神経は頚部交感神経節→鎖骨下動脈→上肢動脈血管壁へと走行す
るので上肢の動脈血壁に影響を与える刺激が有力な手段となる。すなわち内関穴刺針
は、星状神経節刺(加えて大椎一行深刺)とは同じ作用機序になると思われる。
岡孝和医師は内関手技針に対して次の研究を報告した。虚血性心疾患患者3名の左
内関に1番針を刺入、2分間雀啄し10分間置針を行ったところ、平均6%程度の冠拡
張がみられた。一方ニトログリセリン舌下錠5mgでは平均15%の冠拡張がみられた。
つまり内関はニトロに及ばなかった。なおこの時、ニトロでは血圧、心拍数ともに増
加するが、内関では変化しなかった。
不安定狭心症1名(安静にしていても頻繁に発作出現)では内関刺針で狭心発作は
消失し、運動負荷耐久も向上した。この患者は亜硝酸剤等の薬物療法でコトロール困
難な患者であった。針治療は冠動脈拡張という直接効果と、治療中止後も良好な経過
を得るという長期効果の2つに分けて考えた方がよい。不安定狭心症においては自律
神経の不均衡が症状発現に大きく関連していることを考えると、治療はこの不均衡を
調整する働きがあると思われる。